ラブラドール・レトリバーのアレックス

京都の祖父母の家で飼っていた犬のアレックスが、3日前の夜、突然変な鳴き方をしたらしい。あまりに変に鳴くのでいつもの様にお祖父ちゃんが小屋から出してやったら、山の方へと消えていった。いつもなら30分程で帰ってくるのに、その晩は何時間待っても帰ってこなかった。翌朝になっても帰ってなかった。そしてとうとうアレックスは帰ってこなかった。お祖父ちゃんが何度探しに行っても見つからないって。そして、自分の死期を直感して山の奥深くへと命を全うするために旅だったんだと聞いた。

いままで飼っていた犬もそうだった様だ。僕が最後に会ったのは2年前の5月末だった。最初に会ったのはアメリカに住んでいて一時帰国した中学2年生の頃だったと記憶している。当時、祖父母が4匹目の犬を飼ったよと国際電話ではじめて聞いて、いいなあ〜と羨ましがっていたのを鮮明に覚えている。デジタルカメラなんて無い時代だから、フィルム現像された手のひらサイズよりちょっと大きいアレックスの写真を送ってもらって、感嘆のため息をついた。アメリカなのに飼えないのか、、と。あれから15年が経過したので、アレックスは15歳。平均的な寿命は10歳から12歳らしいから、かなりの老犬だ。だから最近は年相応に老衰していたようだった。2年間日本に一度も帰っていないからそれ以来会っていない。祖父母とのスカイプ越しに吠える声は聞こえることがあったが会えなくて残念だった。いつも散歩に行ったり、遊ぶ時はかなり強い力でちょっかいをだしてくるから、自分の手足にはたくさん擦り傷ができたし、服はほつれ、穴が開き、破れてしまったけど、もうそれもできないのかと思うととても寂しい。しっぽを振りながら本気で噛み付かないところに、アレックスなりの優しさを感じたなあ。

きっと山の奥深くで自分の最後の居場所を見つけて、孤独に死を迎えたのだろう。安らかに眠って欲しい。帰国したらお参りに行こうと思う。


僕が最後にアレックスと過ごしたのは2007年5月24日だったと思う。この写真はその日に僕が撮影した。イギリスに出発する直前だった。京都から、両親の住む神奈川に帰るその最後の日も散歩もしたし遊んだ。でかい身体を洗って、小屋も祖父と一緒に掃除したように思う。それに当分の間さよならだなとも言った。

アレックスにとっていつもの散歩道。その電柱を右に曲がると深い山に続いている。いつもリード無しの手放しで散歩していた。この写真を見ていると、ふと電柱の影からアレックスがすっと出てきそうだ。小屋から出て行った日もこの角を曲がって最後の居場所へといったのかな。